近年、認知症対策や円滑な資産承継の手段として「家族信託」が注目されています。しかし、家族信託は非常に自由度が高い制度である一方、何でもできる万能な仕組みではありません。メリットばかりに目を向けて安易に導入すると、後々のトラブルや思わぬ制約に直面することもあります。
この記事では、終活の専門家としての視点から、家族信託で「できること」と「できないこと」を実務に即して明確に整理しました。2026年に向けて準備を進める方が、ご自身の状況において家族信託が最適な選択肢かどうかを判断するためのガイドとしてご活用ください。
家族信託でできること(主な活用メリット)
家族信託の最大の特長は、委託者(財産を持つ人)が元気なうちに、信頼できる受託者(家族など)へ管理権限を託せる点にあります。具体的には以下のようなことが実現可能です。
1. 認知症による資産凍結の防止
本人の判断能力が低下(認知症など)しても、あらかじめ信託契約を結んでおくことで、受託者が本人の代わりに預貯金の払い出しや管理を行えます。成年後見制度では家庭裁判所の監督下で支出が厳格に制限されることが多いですが、家族信託では「本人の生活費」や「介護費用」だけでなく、家族の生活費に充てるなど、柔軟な財産管理を継続できるのが大きな強みです。
2. 不動産の柔軟な管理・売却・修繕
不動産の名義を受託者に移転(信託登記)しておくことで、所有者が認知症になった後でも、受託者の判断で売却や賃貸契約の更新、大規模修繕などが可能です。これにより、「空き家になった実家を売りたくても売れない」というリスクを回避し、介護費用の捻出や資産の有効活用がスムーズに行えます。
3. 二次相続(孫の代まで)を見据えた承継設計
通常の遺言では「自分の次に誰に譲るか」までしか指定できません。しかし、家族信託の「受益者連続型信託」を利用すれば、「妻が亡くなった後は長男へ、長男が亡くなった後はその子(孫)へ」といった、複数世代にわたる資産承継の道筋を指定できます。これは先祖代々の土地を守りたい場合や、再婚家庭での資産配分において非常に有効です。
4. 障がいのある子の生活支援(福祉型信託)
「親なき後問題」への対策として、障がいを持つお子様の生活費を長期にわたって管理・給付する仕組みを作れます。親が亡くなった後も、信頼できる親族や法人が受託者となり、お子様の状況に合わせて計画的にお金を渡すことができます。
5. 円滑な事業承継対策
自社株式を信託することで、「経営権(議決権)」は後継者に譲りつつ、「経済的利益(配当など)」は現経営者が保持し続ける、といった設計が可能です。これにより、経営権の安定を図りながら段階的な事業承継が進められます。
家族信託で管理・運用できる財産
信託の対象にできる財産は、原則として「金銭的価値があり、譲渡可能なもの」です。
- 不動産:自宅、賃貸マンション、駐車場、山林など(登記が必要です)。
- 現金・預貯金:信託専用の「信託口口座」を作成して管理します。
- 有価証券:株式、投資信託など(ただし、証券会社側の対応状況によります)。
- 動産:自動車、高価な美術品、ペット(飼育費用の管理として)など。
家族信託でできないこと(制度の限界と注意点)
万能に見える家族信託ですが、法律や実務上の制限によって「できないこと」が存在します。これらを理解せずに進めると、いざという時に困ることになります。
1. 「身上保護」の手続き代行
家族信託はあくまで「財産管理」の仕組みです。受託者は、本人の代わりに入院手続きをしたり、介護施設の入所契約を結んだりする「身上保護(身の回りの法律行為)」の権限は持ちません。これらが必要な場合は、成年後見制度との併用や、死後事務委任契約などの検討が必要です。
2. 債務(借金)の信託
借金やローンといった「マイナスの財産」をそのまま信託することはできません。ただし、賃貸マンションのローンなど、収益不動産に紐づく債務については、金融機関の承諾を得た上で、受託者が実質的に引き継いで支払う形(債務引受)をとるのが一般的です。これには金融機関との高度な交渉が必要です。
3. 相続税の直接的な「節税」
家族信託をすること自体で、相続税が安くなるわけではありません。財産の名義が変わっても、税務上は「受益権」という形で財産的価値を保有しているとみなされるため、通常の相続や贈与と同じように課税されます。ただし、受託者の判断で計画的な修繕や売却を行い、結果として資産価値のコントロールや納税資金の確保に繋げることは可能です。
4. 一部財産の信託による「遺留分」の排除
特定の相続人に有利な信託設計をしても、他の相続人が持つ最低限の取り分である「遺留分」を完全に無視することはできません。無理な設計をすると、信託財産に対して「遺留分侵害額請求」が行われ、親族間で激しい争い(争続)に発展する恐れがあります。
5. 公的な手続きの代行(年金・保険・住民票など)
年金の受給手続きや介護保険の申請、住民票の取得といった行政上の手続きは、本人または法定代理人(成年後見人など)が行うべきものとされています。家族信託の受託者が当然にこれらの代理権を持つわけではありません。
家族信託の制約と実務上のハードル
制度として認められていても、実務上で以下のような制約に直面することがあります。
- 金融機関の対応差:「信託口口座(しんたくぐちこうざ)」の開設に対応していない銀行や、非常に厳しい条件を設けている証券会社がまだ多く存在します。
- 受託者の負担と責任:受託者は、信託財産と自分自身の財産を分けて管理し、帳簿をつける「分別管理義務」を負います。家族であっても、事務作業が大きな負担になることがあります。
- 損益通算の制限:信託財産から生じた損失(例:賃貸経営の赤字)は、他の所得と損益通算ができないという税務上のデメリット(租税特別措置法40条の2)があります。
失敗しないための判断ポイント
家族信託を検討する際は、以下のステップで進めることをお勧めします。
- 目的を明確にする:認知症対策なのか、特定の誰かに財産を残したいのか、優先順位を決めます。
- 相談先を正しく選ぶ:家族信託は、民法・信託法・税法が複雑に絡み合います。司法書士や行政書士、弁護士、税理士の中でも「家族信託の実務経験が豊富な専門家」に相談することが不可欠です。
- 家族の合意を得る:受託者となる家族はもちろん、他の相続人にも内容を丁寧に説明し、将来の紛争リスクを抑えます。
まとめ
家族信託は、認知症による資産凍結を防ぎ、柔軟な承継を実現するための非常に優れた「道具」です。しかし、身上保護ができない、節税にはならないといった限界も正しく理解しておく必要があります。
2026年に向けて、ご自身やご家族が安心して過ごすために「今、何をすべきか」を整理したい方は、まずは現状の財産把握から始めてみてください。家族信託、遺言、成年後見、それぞれの強みを組み合わせた最適なプランニングが、後悔のない終活の第一歩となります。
※法律や税務の詳細は個別事情によって異なります。実際の契約にあたっては、必ず最新の法制度に基づき、資格を持つ専門家へ個別相談を行ってください。

